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2度目の『NINE』 [映画のススメ]

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フランスの映画館は学生に優しい!という理由から、もう一度観てしまいました…『NINE』さんを。
(といっても、会員カードの値段で今回も観たんですけどね(ニヤリ)!)

2回観るからこそ『NINE』の良さが分かったのかも…と思った2度目の鑑賞でした。

今回も思ったことをつらつらと書いていきますけれども、
あくまでも「フランス語の字幕&英語の音声」から判断した感想ですので、
どこか勘違いしているところがあるかもしれません、お許しください。
(しかも、結末を明かしていますので、未見のまま鑑賞したい人は読まないようにしてください。)

今回は1人で鑑賞したんですけれど、私はやはり1人で映画も好きなんだなあと思いました。
前回は友人と観たんですが、少しセクシーな場面で彼女達が驚いてしまって。。。
観劇後、「音楽やストーリーが最高だった!」と思う人は私ぐらいだったはずです(苦笑)。
だから、そういう感動をずっと保ち続けたいのなら1人で映画を観るべきだった…と反省しました。

高校生の頃から1人でカフェや映画、買い物などを当たり前にやっていた私は、
そこまで他人と関わらなくても趣味を楽しめる性格のようです(笑)。

『NINE』の面白さはそういう見た目ではないんです。
いかにもセクシーな場面などがあっても大切なのはそういうところじゃないんですよね。
1番大切なのは7人の女の「生き様」ではないかと。
「生き様」ではなく「7人の女の精一杯グイドを愛する姿」というべきかもしれません。
グイドを大切に思っているタイプが異なる7人の女の行動を観ていくことで色々なことを考えました。
7人ともグイドや彼の映画を愛しているんですよね。
しかし彼だけが、グイドだけが、誰も愛していないという事実がその中にポツンとあります。
彼の場合、「何が愛なのか」も気づいていないんです。
強いて挙げるとするならば、彼の愛するものは「映画」そのものなんです。

「あなたは人を愛していないのよ、だから映画を作れないの。」とクラウディアは言いますが、
それは彼女からの愛の裏返しであることをグイドは気づけないんです。
彼女は私がいながらどうして脚本が出来上がらないの?というような思いを抱いていますし。
グイドにとってクラウディアは崇高すべきミューズそのものなんですけれど、
彼女はそういう愛とは違うものを望んでいるんですよね~うふふ、女は難しい生き物です(笑)。
…そうとはいえ、私は彼の気持ちが良く分かります。
なぜならば、二コール・キッドマンのクラウディアは本当にミューズそのものですから!
キラキラと輝いていて、1人だけ違う世界にいるような存在なんですよね…。
彼女の立ち姿だけでも私は大感激しましたもの。

話が思いっきりずれましたが…戻しましょう。

グイドは映画を愛しているからこそ何でもしてしまい、
その行為が妻であるルイザを傷つけることであることを気づきもしないんです。
彼は映画の為に全てをささげてきた人間だし、ルイザもそれを理解しているつもりでした。
でも、ルイザにとって大切だったのは夫からの愛情そのものであって夫の映画ではなかったんです。
その一方通行がグイドをどん底に突き落としてしまったんでしょうね。
ルイザは自分の女優人生を捨ててまでグイドを支えようと思ったんですけれど、
それはグイドと愛し愛されの関係を築き上げたかったのか…と、
彼女の「Take It All」でルイザ自身も気づくんでしょうね。あの曲は彼女が爆発した瞬間の歌ですから。
それまで「My Husband Makes the Movies」を聞いたら分かるとおり、
夫の映画のために全てを犠牲していると本人も思っていたぐらいでしょうから。

妻が大事にしてきた思い出をズタズタにしたのにも関わらず、
グイドはその妻がショックを受けたことが何なのかが分からないんですよね。
そこがグイドのストイックさを明らかにさせていると思います。
彼は人を完璧に愛せない分映画に全てを捧げてきたんですからね。

そして、そのときはその映画から彼は逃げたがっていました。
映画という名の愛にどこか怯えていたというべきか。

『Italia』の脚本が書けないのはグイドがスランプに陥っていたことは明らかですけれど、
彼は自分の今まで作ってきた映画に怯えていて…映画をも愛せなくなっているという状況でした。
彼には映画しか助けてくれないのに、その映画から逃れようと必死だったんです。
そういう気持ちがあって、グイドは彼自身の力が出せなくなってしまっていました。
それに気づかない彼は多くの女性の力を借りようとしたけれど、全てが無駄だった…
そのときに歌われるのが「I CAN'T MAKE THE MOVIE」ですね。
「グイドは何者だ?」という心に突き刺さる歌詞だけでも私の心は苦しかったのに、
幻のお母さんが「もうあなたを助けてくれる人はいないわ」というような言葉に、さらに悲しくなり、
泣きそうになりました。本当に嗚咽が出る寸前まで来ていたと思います、それぐらいでした。

グイドにお母さんの存在は彼を支えているものなんですよね。
オープニングでもお母さんを見かけてすぐ彼は心から微笑んで彼女の元に駆け寄りました。
ここから分かるとおり、彼はずっと子どもの魂なんですよね。
(その熱中できる愛が「映画」になっただけ…というわけです。)
そんなお母さんにもその言葉を言い去られたときのグイドの気持ち…胸がしめつけられます。

ママン(お母さん)はグイドを心から愛していることがよく分かる「GUARDNA LA LUNA」を
歌っていますが、このときに彼女が幸せそうに大人のグイドと踊る姿が素敵です。
また、最初グイドが製作会見の現場から逃げるときに(…だったっけ?)、
グイドとの会話(「あなたの映画が好きよ」という感じ)が凄く好きです。
…そんなママンの冷たい一言はグイドの心に突き刺さったことは当たり前のことです。

それから2年間全てを捨て、
イタリアを彷徨うことで、グイドは色々と考えたのではないかと。
それで、自分にとって何が大切なのかが分かったはずです。

だからこそ、『Italia』を作れなかった理由をこうして映画にまとめようと思えたのではないでしょうか。
このときに1人1人が生き生きとしている様子が好きです。
そして、各々が自信を持ってスクリーンに映る姿がとてもかっこいいです。
(あとからひっそりと現れるルイザもキラキラしていて素敵でした。)
私もあのようにどんな場面でも自信を持って立っていられる人間になりたくなりました。

また、2年間彷徨う彼に会いにいくリリーが素敵だなあと。
彼女は彼の戦友でも親友でも仲間でもあるんですよね…愛し合う関係ではないんですけれど。
愛し合う存在ではないからこそ完全に彼を支えることが出来ないのは確かなのですが、
どんな状態の彼でも変わらず接する彼女の姿は素敵だなあと思いました。
彼女は恋愛という愛ではないですけれど友情という名の愛で彼を支えようと頑張っているんですよね。
だからこその「Folies Bergeres」はあそこまで彼女を生き生きと魅せられるのではないかと。

映画版『NINE』の主役は本当に「グイドと7人の女」なんですよね。
だから、グイドだけ、ある女性だけ…というわけではなく、8人の魂を映画から感じ取ってほしいです。

まあ、セラギーナは彼女の気持ちが全く伝わってきませんけれど、
彼女の場合は娼婦としての信念や娼婦として自分の中で決意したことを
「BE ITALIAN」でアピールしていると私は思っています。
「伊達男になれ」、「今日だけをとにかく生きろ」というのは彼女の経験が物語っているはずなので。

ステファニーの「CINEMA ITALIANO」はグイドの映画への愛でいっぱいのソングです(笑)。
彼にはもともと興味を持っているけれど、ルイザやカルラ、クラウディアほどのものではないんです。
だからこそ彼の映画について「セクシャルの革命だ!」と語っているわけですけれども。
彼女は彼への愛ではなく、彼の製作する映画への深すぎる愛しかないんじゃないかなあと思います。
だからこそ、グイドも彼女には手を出さないわけで。。。

カルラは本当に馬鹿な女ですけれど憎めないですね。
彼への愛を体いっぱいで表現しているだけなのですから。
そんな彼女が自殺未遂をしようとするのが切なくて…。(あれはグイドが悪いんです!)
カルラが自分の人生を捨てる覚悟でグイドを愛しぬこうとするのがかわいらしいなと思いました。

ここまでグイドと7人の女性について語ってきましたが、
私はそこまでブロードウェイミュージカルが好きなわけではないんです。
しかし、『NINE』は例外ですね。この映画にここまでのめりこむなんて思ってもいませんでした。
私が藤沢周平小説で好きな理由である「(武士の)生き様」というものが、
この映画からも感じられたというのが大きいんでしょうね。
音楽やダンス、ファッション、風景…それだけではない『NINE』の魅力を
ようやく2度目にして感じられました。(1回目で気づきなさいよ!という話ですが(苦笑)。)

最後に。
2度観て「『NINE』のオープニングが最高!」という気持ちがしっかりとしたものになりました。
鑑賞する際はオープニングを見逃さないようにしてほしいですね、うふふ。
クラウディア、ルイザ、カルラ、リリー、ママン、ステファニー、セラギーヌという順で出てきますから!

ではでは!
今度はフランスでどういう映画を観るのか、本当に今から楽しみです。

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コメント(3) 

コメント 3

ちょんちょん

昨日ある番組で、とある訪問看護師の話がこんな話をされてました。
誰もが見失いがちな日常の中に、幸せがあると。健康な人にとっては当たり前のことでも、ご飯を食べたり、歯をみがいたり、友達や家族と喋ったりすることが、凄い貴重な人達もいると仰っていました。明後日、友人が大変な病気の手術するのです。今日、見舞いに行ってきました。本当に良くなってくれることを祈るのみです。
ということで、確かにその通りだなと感じております。藤沢さんの小説にも、そういうのが良く現れてるかなと思います。
ちょっと脱線しましたが、生き様って、大切だなと思います。映画を見るのが、楽しみです。解説ありがとうございます。
年を重ねたこそでてきた深み、すごいなと思います。

by ちょんちょん (2010-03-17 17:34) 

marine

何かの記事で毎日を退屈させないためには日々新しい発見をしたり
何かどんなに小さいものでも挑戦することが大切であるというようなことを読みました。
私にとってはそれが読書でありバレエであり映画でありミュージカルであり…と、
自分の趣味であるわけですが、それは人によって違いますよね。
毎日が貴重なものにしていくためにはそういう小さなことを大事にしていきたいものですね!

ちょんちょんさんの大事な友人が大変な手術を受けられるのですね。
前向きにその病気が治ることだけを考えればきっとうまくいくと信じています。
言霊というものが本当に存在していると思うので良いことのみをその方には考えてほしいです。
1人1人の精一杯生きている様子はそれぞれ違うと思うので、
自分の生き方やスタイルを貫いている人はかっこいいと普段から尊敬しています。
私も周りから自分の新年にしたがって生きている人だなあと思ってもらえるように日々頑張りたいです。

映画は人によって受け取り方も異なってくるでしょうから真っ白な気持ちでご覧になってくださいね。

by marine (2010-03-18 02:37) 

marine

自分の新年にしたがって、の<しんねん>が違っていましたね。…すみません!
正しくは「信念」です。。。
by marine (2010-03-18 02:42) 

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